木村秋則 自然栽培

苦節10年の歩み

「リンゴ」から木村氏は始めました。

 

簡単にできると思っていました。

 

でも、できませんでした。

 

何年も何年も無収穫の日々が続きました。

 

娘さんの小学校の作文に、「お父さんはリンゴを作っています。でも、まだ一度もお父さんの作ったリンゴを食べたことがありません。」

 

それなのに、「もう、リンゴの自然栽培はやめる。」と木村氏が弱音をはいたとき

 

「今まで貧乏も我慢してきたのは、お父さんの夢が実現することを信じてきたから」と、木村氏の背中を押したのです。

 

こんな家族の協力があって、苦節10年を耐え抜いたのです。

 

リンゴは本当に手強かった。徹底的に人間の手が入っていて、リンゴが持っている本来の力を発揮するまで、膨大な時間が必要でした。

 

しかし、手強かったリンゴが 「しかたがない、そこまでやるなら・・・」 と言うように、小さいながらも実をつけたのです。

 

たった6個のりんごですが、この世のものとは思えないほど濃密な甘さを持っていたそうです。